ほぼ日刊ヒトミ通信

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  震災復興支援
2017年06月16日 (金)

本日は京都伏見RCが震災発生直後からずっと支援し続けている石巻市より、現地でコーディネート役をお願いしている県会議員のS先生が入洛され、現在検討中の慰霊碑建立について打ち合わせをさせていただきました。

元々は、伏見RCが主管した2011年8月のIM(地区地域会議)で、春に当選したばかりの亀山石巻市長に基調講演をお願いしたことから縁が始まりました。

打ち合わせと現地視察を兼ねて2011年7月末に石巻を訪問し、市長と面談させていただいただけでなく、車をお手配いただき、石巻市内から宮島・女川・雄勝、そしてあの大川小学校とその悲惨な状況を目の当たりにし大きなショックを受けたことを鮮明に覚えています。

7月31日に、川開き祭りの中で開催された「灯篭流し」のお手伝いでは、亡くなった子供あてに、父・母・祖母・祖父からと思われる書かれたメッセージを読み、一同思わず涙したことも忘れられません。

あれ以来、「私のひともじ」「私のひとこと」という、杭迫柏樹先生の2度にわたる発意とご尽力により、京都のみならず日本全国より合わせて約6万枚の「書」と、2900万円の浄財が集まり、現地の要望に合わせて支援を続けてまいりました。

そして今般、2年前のガバナーである東大寺の北河原長老様に「絆」の字をご揮毫いただき、更に杭迫先生に顛末をしるした文を書いていただき、それを慰霊碑に刻んで現地に建立する運びとなりました。

後のメンテナンスのこともあり、現地の慰霊公園整備事業とセットでの開発となるため、なかなか我々の考えるスケジュール通りにはまいりませんが、今回S先生にご入洛いただき、ほぼ道筋が見えてきたのが何よりでした。

寄贈式は来年の45周年記念式典に亀山市長直々にご入洛されて受け取っていただくこととなりました。お忙しいなかありがたいことであります。

当初、集まった義捐金をお渡ししようとしたとき、「息の長い支援を」とのご希望により当クラブで管理しながら、支援を進めて参りましたが、2年後の除幕式となると足かけ10年近い道のりとなります。ご縁の不思議さを思うとともに、一層力強い復興を祈るばかりです。

S先生、遠いところありがとうございました。

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