ほぼ日刊ヒトミ通信

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  大学で得たもの
2017年10月06日 (金)

総選挙が近くなり、公約の中には大学教育の無償化あるいは返還不要の奨学金に触れているものもあるようですが、私自身は以前から意味もなく大学に大勢行き過ぎではないかと考えておりまして、それにはいろんな理由がありますが、例えばいつも学ばしていただいているちきりんさんはこんなことをおっしゃっておられます。

<ココから>

「大学で得た『今、もっとも役立ってること』って何?」

「貧しい家庭の子供は大学進学率が低い。親の貧困が教育格差を通して連鎖する!」って主張してる人に、

「で、あなたが大学で学んだことで、今、いちばん役立っていることは何ですか?」って聞くと、

返ってくるのは、「それって授業料の対価として得られたものじゃないですよね?」みたいな答えが多い。


大学時代にスポーツクラブやサークル、NPO などの課外活動で学んだとか、

大学時代にアルバイトで学んだとか、

大学時代に起業して学んだとか、

大学時代に海外を放浪して学んだとか、

大学時代にたくさん本を読んで学んだとか、


そんなんばっかりで、

「いやそーじゃなくて、大学に授業料を払うことでしか手に入らないもので、人生でめっちゃ役立ってることは何なんですか?」って聞き直すと、


「えっ? えー、えーっと」みたいになったりする。


別に NPO もスポーツもサークルも放浪も起業もアルバイトも読書も、大学なんか行かなくてもできるじゃん。


大学時代にかけがえのない仲間と出会った、とか、

周囲にスゴイ奴が多くて刺激を受けた、とか言うのだって、


大学に行くかわりにベンチャー企業にでも入ってれば、もっと多くの「スゴイ仲間」に会えたのでは? 議論だって大学より圧倒的に内容が深くて活発だよ。

別に今時のベンチャー企業じゃなくても、日本は地方の零細企業の町工場にだって、やたらと「スゴイ人」がいる国なんだから、大学なんか行くよりそっちで働いたほうが、よほど「すげえっ!」って人に会えるんじゃない?


「貧困家庭の子供が大学に行けないことで、生きる上で不利益を被ってる」というのなら、「大学に行って手に入る、そんなスゴいものって一体なによ?」っていう問いにきちんと答えて欲しい。


もしも、大学に授業料払って得られる最も価値あるものが「卒業証書である」=「大卒である証明。もしくは、どこの大学を卒業したか、という証明書である」と言うのなら、

「価値にふさわしい価格」以上は、払うべきじゃないよね。


誰でも知ってるように、卒業証書の価値には大学によって大きな差があります。だから「ものすごく価値のある卒業証書」なら、大枚はたいて手に入れてもいいけど、価値の低い卒業証書を大金払って手に入れる必要はまったくない。

しかも日本は(スタンフォードや HBS など、卒業証書に価値があるほど授業料が高いアメリカと異なり)、「価値ある大学卒業証書」ほど安く売られてる。民主的な国なんです。


だから、「東大に受かった。でも学費がないから進学できない」って子がたくさんいるなら、そういう子に「返済義務のない奨学金を!」という提案も理解できるけど、

「名も無い大学に受かった。でも学費がない」って人に学費援助をしても、儲かるのは「名も無い大学」だけでは?

当の本人はそのお金と引き替えに、何を得られるの? 

その大学にいけば就職に困らないとか、生きるに困らないとか、そういうコトがほんとに期待できるわけ?


大卒以上って書いてある求人に応募できるって?

それ、応募できるだけだよね? 採用してもらえるわけじゃないよね? 

応募できますってだけのために、「名も無い大学」に 数百万円も払って。学び盛りの 20歳前後の 4年間まで捧げて卒業証書を購入するのって、ほんとに意味のある買い物なの? ホントに値段に見合ってる? その「応募券」って・・・?

<ココまで>

大学進学率が落ちると国全体の知的水準が落ちるなんて意見はまさに噴飯もので、私の大学時代が25%で今は50%ですが、知的水準が特別上がったとは到底思えないですね。

エリート校の研究費を増額するのは賛成ですが、高度成長期ならいざ知らず、全体的に幅広くお金をばらまくのは、是非ともやめていただきたいと思います。

ところで私自身は何を得たのか…あまりに昔で忘れてしまったということにしておきましょうか。


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