ほぼ日刊ヒトミ通信

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  言葉が通じる
2018年03月08日 (木)

本日ある友人と話していて考えたこと、それはこの欄で何度も登場している「言葉が通じる、通じない」という問題であります。

「言葉が通じる」というのは色んな意味があると思いますが、単純に言えば「概念」を「共有化」できれば「通じた」という事になると思いますが、はて、果たしてそんなことが可能だろうか。

もちろん程度の問題もあるでしょうが、個人の持っている「概念(=前提)」が、会話によって「共有化」されるためには相当程度「歩みより(=学ぶ姿勢)」が無ければならず、その意味で大久保寛司先生は「人は結局尊敬している人の言う事しか聞かない」と表現なされたのだと思います。

今現在私が「話をしている」と感じる人たちは、当然ながら私との会話を通じて「共有概念」を手にしているわけではなく、それぞれの個人的経験(学習)を通じて様々な「個人的価値観」とその他の幾つかのバリエーションをゲットしているから、その状況を作り出すことが可能になっているわけで、その意味では「会話」によって「会話」を成り立たそうとする行為の徒労さを改めて認識せざるを得ません。

こういうことが気になるのも私の個人的な志向性によるものではありますが、考える必要のある問題であることもまた事実なのでしょうがないですね。

4月3日すば経に鬼澤先輩お越しいただくので、聞いてみようと思います。皆さんはどう思われますか?

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