ほぼ日刊ヒトミ通信

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  組織の意志決定
2018年08月22日 (水)

昨日は30歳までの若手で構成される「ローターアクトクラブ」の納涼例会(屋上ビアガーデン)にゲスト参加。夕方パラッと降ってくれたおかげで、少し涼しくなって過ごしやすくなって助かりました。

そこに昨年まで高校生対象の「インターアクトクラブ」のメンバーだった女性がオブザーブとして参加してくれたのですが、彼女が通っている学校が「神戸女学院大学」だったので、「内田樹先生」の話をしたところ、「誰ですか?」みたいなリアクション。まぁ、もう退任されているからしょうがないですかね。

その内田先生がブログページを一新され、精力的に発信されています。組織の意思決定について面白い記述があったのでご紹介したいと思います。

中国で発刊されている雑誌「知日」のインタビューへの回答です。

<ココから>

(前略)

4.安政の大獄に対する意見をお聞かせください。なぜ数多くの維新志士を育てた吉田松陰を殺されましたか?

安政の大獄は幕末の徳川幕府の機能不全を象徴する事件だと思います。

国難的事態に遭遇した時には、「どのようにして国論を統一するか」が緊急の課題ですけれど、井伊直弼はそれを「反対派を殲滅する」恐怖政治として実行しようとしました。

「衆知を集めて議論して、国論の統一をはかる」という選択肢も理論的にはありえたはずですが、それができなかった。

幕府内部で、問題点を明らかにし、基本的な情報を共有し、取りうるさまざまな選択肢を吟味し、その中で最も利益が多く、損害の少なそうな解を選び取るという合理的な政策決定プロセスが機能していなかったからです。

もちろん、それが幕府の後進性ということの実相であるわけですけれども、「急いでことを決めない」ということが久しく日本社会では合理的な意思決定プロセスとみなされていたということでもあります。

たしかに、議論をだらだら引き伸ばして、何も決めないでいるうちに、想定外のことが起きて、「こうなったら、もうこれしかない」という解に全会一致で雪崩れ込んでゆく・・・というのが、一番「角の立たない」合意形成ではあるわけです。

それでうまくゆくこともあります。けれども、この意思決定プロセスの弱点は限られた時間内には意思決定をすることができないということです。

手をつかねて合意形成の機が熟すのを待つというやり方は黒船来航とか、外交条約締結とかいう「待ったなし」という局面には対応できない。現に、そういう局面に遭遇した時も、幕閣たちはその伝統的な「だらだら引き延ばす」戦術を採用したのですが、欧米にはその手が通じなかった。

「だらだらしているうちに、落ち着くところに落ち着く」という意思決定ができない場合は「合意形成を待たず、誰かに全権を一任して、失敗した場合には責任を取らせる」というのが日本における意思決定の「プランB」です。

安政の大獄は、この局面を打開するうまい方法を誰も思いつかなかったので、井伊直弼という一人の幕臣に独裁的な権限を丸投げして、失敗した場合(たぶん失敗するだろうとみんな予測していたと思います)には腹を切って責任を取らせるという「プランB」を採用したのだと思います。

井伊直弼が吉田松陰ほかの有為の人士を組織的に殺害したのは、別に彼らの個別的な思想信条を問題にしたというよりは、単に独裁制の強権性・非寛容性をアピールするためだったと思います。井伊直弼自身は吉田松陰がどんな人物なのかよく知らなかったのではないでしょうか。

<ココまで>

外国の雑誌への回答ということで、いつもより表現が穏当になっているのがちょっと面白い。

幕末に「無学祖元」がいれば、慶喜も逡巡せずペリー提督を叩き切ったかもしれませんが、それはそれで大変だったかもです。

慶喜よりも遥かに劣る私の様なへぼ経営者は、往年の名ゴルファージョージ・ダンカンの名言を参考にするのがいいのかもしれませんね。

曰く・・・「早くミスせよ」

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