ほぼ日刊ヒトミ通信

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  メメント・モリ
2018年08月31日 (金)

昨日の京都党応援団青年政策研究会では、講師に妙心寺退蔵院の松山副住職におこしいただき、現在取り組んであられる活動についてお話いただきました。

もちろん特定政党を応援するようなお立場にありませんが、「京都の中での勉強会ということであれば、できるだけお話させていただくようにしています」とのことで、ありがたい機会に、恵まれました。

講話については、TEDにも登場されたくらいですので、聞き取りやすく分かり易いのはもちろんですが、いっそ静かに語りかける説法のようなその口調が、じわじわ聴く者の集中を上げていくようで、経営者でも政治家でも学者でもない、まさに宗教家のお話でありました。

先日イスラエル訪問された時のお話を枕に、いくつか今取り組んでおられるお話をいただきましたが、その一番は「教育」でありました。

学校教育に「道徳」が必須となりましたが、「そもそも『道徳』を習っていない先生がどうやって教えるのでしょうね」と仰り、今こそ宗教家が積極的に「教育」に乗り出すべきだと。

特に「子どもに言わせっぱなし」はやめなければいけない。大人の無責任であるというご意見には、私自身以前から思っていたことなので大いに賛成したのであります。

「押し付けはいけない」なんて単なる逃げ口上で、実際は法律から社会制度から常識からなにからなにまで「押し付け」ている(そんなことは当たり前で、「良き社会を創ろう」としてきた先達の叡智と努力の産物を渡そうとしているだけですから)

何を聞かれても即座に応える。まさに「禅」の面授を教育現場で実践するべく、既に積極的に活動されているそうです。何を聞かれても、「スカすことなく」全身で本気で答える教師こそ、多くの子供たちが求めているもの(かつての山口先生のように)との思いからの行動です。

次にあげられたのが「死」を語ること。これまた宗教家の本道、ど真ん中の活動であります。

特に日本のようにこれだけ長寿社会になってきて、ほとんどの方が病院で亡くなる時代になってくると、養老先生もおっしゃっているように、「死」が日常から遠ざかりすぎて、一般の人々の心にその準備が無くなりすぎて、対処法がわからず苦悩してしまう。

この問題こそ「宗教家」の仕事だという松山氏の主張は、誰もが頷くところであります。更に言えば、特に「医療行為による延命」の問題への積極的な言及を、「宗教家」こそがなすべきだと。逆に言うと「宗教家」しかできない仕事だと。

生死事大。人それぞれ、そしてその肉親にとっても大きな出来事である「死」に対して、医者以外のどのような他者が介在できるのか。超高齢化社会を迎える日本にとって、本当に大きな課題だということを改めて認識させられました。

台風上陸直前の大変ややこしい時におこしいただき、誠に恐縮ではございましたが、参加者一同大きな気づきをいただけこと心から感謝申し上げます。

今後の益々のご活躍を心からお祈り申し上げる次第です。次回は是非京都伏見RCの例会でお話いただこうと思いますので、その節は何卒よろしくお願い申し上げます。

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